「いっしょの時間・その1」の続きとなっています。
以下畳み 「…本当、その呼び方を倫の口から聞けるとは思えなかったな……」 「だから、もう…そのお話はやめてください、命お兄様……」 冬晴れの空の下、吹き抜ける風は寒くとも、命と倫の間に流れる空気は暖かで、心やすらぐものだった。 ばったり道端で出くわした兄に、ずっと言えなかった”あの言葉”まで聞かれてしまい、倫は一時パニック状態。 命に宥められて、ようやく落ち着きを取り戻したのだが、時折先程の光景がフラッシュバックしてしまい、倫は幾度と無く硬直状態に陥る事となった。 それでもどうにか混乱した思考を整理して、倫は頭に浮かんだ疑問を命にぶつけてみた。 「……それにしても、本当にどうしましたの?例のバイロケーション対策でこんな風に一人で外出なんて出来ない筈では?」 「ああ、それなら簡単な話だ……」 そんな倫の問いかけに、命は悪戯っぽく笑ってこう言った。 「こっそり逃げて来た。……どうしても倫の顔が見たかったからな…」 その一言を耳にしただけで、ポン!と真っ赤になる可愛い妹の頭を、つややかな黒髪を、命は愛しげに撫でてやる。 「何、望のクラスの生徒たちがこんな調子なのは毎度の事だが、こればっかりはどうにも我慢できなかった。 ……ちゃんと倫に会えるかどうか、それだけが問題だったが、こんな風にうまくいくとは思ってなかったよ」 「それは……私だって同じ気持ちでしたのよ?…どれだけお会いしたかったか、どれだけ声を聞きたかったか……命…お兄様……」 朱に染まった倫の頬を命の指先が優しく撫でる。 ずっと追い求めていたぬくもりに触れられて、倫は自分の心臓の鼓動が高鳴っていくのを感じていた。 「会いたかったよ、倫……」 「命お兄様……」 倫の手が、自分の頬に触れる命の指先を捕まえる。 すると、今度は命の方からその手を握り返され、そのまま倫の体を自分の方に引き寄せる。 倫も自ら一歩を踏み出し、命の胸元へと飛び込む。 命の腕が倫の背中を抱きしめると、伝わるぬくもりときっと他のどんな場所でも得られない安心感が、 ここが倫と命、二人にとってまぎれもなく、唯一無二の替えるべき場所だと、そう教えてくれた。 それから、抱きしめた妹の耳元に命が語り掛ける。 「…それにしても、やっぱりさっきのは驚いたな……命兄か…」 「もう…そのお話はそこまでにしてくださいまし……」 「いいや…本当に嬉しかったんだよ……何だか倫がずっと近くに感じられて……」 「命お兄様……?」 耳元に響く命の声は言葉通り本当に嬉しそうで、恥ずかしさだけでいっぱいになってしまっていた倫の胸の内に驚きの感情が宿る。 「望は今でも時々そう呼んでくれるからな……。アイツは全く、昔から遠慮なしに言いたい事ばっかり言ってきて……。 ただ、やっぱりそういう兄弟の関係がなんだかんだで楽しくもあった。………これは望には内緒だぞ?」 命は目を細め、自分たちがまだ蔵井沢の屋敷にいた頃の記憶に思いを馳せているようだった。 「望との関係がそんなだったから、きっと余計にそう感じてしまうんだろうな………。 昔の倫は今よりずっと小さくて、そりゃあ暇を見つけては何度も遊んだりしたけれど、望相手のように言いたい事を言い合えるような関係にはやっぱりなれなかったからな。 今だから言うけどな、倫。私は望が小さなお前に引っ張りまわされる様子を見ながら、本当は羨ましくて仕方なかったんだ……」 「命お兄様…それは………」 それは、倫が感じていた気持ちとまるで同じではないか。 傍にいるのに、どうしても取り払う事のできない一枚の壁。 その向こう側に行って、好きなだけ命と触れ合っていたいと、どれだけ思った事だろう? 「だから、嬉しいのさ。全くの偶然だったけれど、昔の夢が叶ったみたいで……」 しみじみと喜びを噛み締めるような命の声音に、倫は応える事も出来ず、ただぎゅっと彼の胸にしがみついた。 (同じでしたのね…命お兄様もずっと私と同じ気持ちで……) 倫がどうしても飛び越えられなかった壁、克服出来なかった距離。 だけど、その向こう側では、命もまた同じように、彼女に向けて手を伸ばしていたのだ……。 思えば今日こうして出会えたのだって同じ事だ。 互いに会いたいと、そう思い続けて、こんな風に巡り合えるなんて……。 「だから、倫…もう一度だけ、私のわがままを聞いてくれないか?」 「ええ、勿論ですわ……」 迷う事なんて何もない。 それは倫の思いでもあるのだから。 「…命兄……」 小さく甘く、囁かれたその名前に応えるように、命の腕は倫の華奢な背中を抱く腕に、そっと力を込めたのだった。 さて、三度場面は転じて場所は望と可符香が過ごす小さな部屋の中。 すっかり拗ねてしまった望は徹底的にだんまりを決め込むつもりらしかった。 いつもの可符香ならば、言葉たくみにそんな彼を調子に乗せてしまうのだろうけど、今の彼女はそんな気分にはなれなかった。 せっかく、望を独り占めにできてしまうチャンスだったというのに、今はただ無為なままに時間が過ぎていくのに任せる事しかできない。 せっかく用意した人生ゲームも、どうやら活躍のチャンスを与えられる事はなさそうだ。 そんな空虚な時間が耐えられなくなったのだろうか。 可符香は戯れに駒を一つボードの上に乗せ、ルーレットを回し、一人ぼっちのまま人生ゲームを始めていた。 「これで10万手に入りました。まだまだ序盤なのに、結構稼げちゃいましたね」 でもやっぱり、そんな一人遊びは虚しさを余計に際立たせるばかり。 手元に溜まっていくゲームのお札にちらりと目をやった可符香は (さっき先生が言っていた事、少しわかるかも……) いかに人生ゲームで勝利しようと、それはあくまでゲーム、現実にはなんら影響ない。 そんな当たり前の事がどうにも虚しくて嫌いだと言っていた望。 それは今の可符香にとっても同じ事だ。 相手の存在しない「ゲームごっこ」で点数を稼いでも、ちっとも嬉しくなんてない。 それでも惰性に流されて、可符香はルーレットを回し続ける。 ほどなく可符香のコマは結婚に関するイベントのマスの上で止まった。 ルーレットの出目次第で自動車の形のコマの上で、可符香の代役であるピンク色のピンの隣の席に座る夫を得られるというのだけど……。 「…………」 可符香はどうしてもルーレットを回す事が出来なかった。 今、目の前に大好きな人がいるというのに、一人遊びのゲームの中で、プラスチック製の伴侶を得るなんていうのは皮肉が効きすぎている。 やがて、ゆっくりと可符香はルーレットから手を離してしまう……。 だけど、その時……。 「回さないんですか、ルーレット……それなら……」 不意に聞こえた声に顔を上げれば、いつの間に体を起こしたのだろう? 望が手の平の上で、人生ゲームにおいて男性を表す青いピンを弄びながら、バツの悪そうな表情で可符香の方を覗き込んでいた。 「………どうにもいけませんね、私は。いつまで経っても子供っぽさが抜けない。……すみませんでした、風浦さん」 ペコリと素直に頭を下げた望に、戸惑ったのは可符香の方だった。 彼女の方としては、むしろ望相手にはしゃぎ過ぎてしまった、という意識が強かったのだけど。 「…私の方こそ、ごめんなさい…先生……」 「どうしてあなたが謝るんです?勝手に拗ねたのは私の方ですよ?」 「……でも……」 珍しく口ごもる可符香に、望はちょっと困ったような笑みを浮かべて…… 「……何言ってるんです?たかだかゲームのお話。別に悪意に私を陥れようとしたとか、そんな話じゃないでしょう?それに…」 「それに…何ですか?」 「いえ、あの時のあなたの顔がとても楽しそうでしたから……あの笑顔を曇らせただけで天罰をくらっても文句は言えません」 望にそんな事を言われて、可符香は思わず頬を染め、自分の顔に手を当てた。 (そんなに表情に出てたかな……?) 可符香自身はいつもと変わらない様子で振舞えていたと、そう思っていたのに……。 「これでも、ずっとあなたの事を見てきましたからね。それぐらいはお見通しです」 「あ…あう……うぅ……」 照れ臭さくて恥ずかしくて、真っ赤な顔を俯けた可符香に、望がもう一言。 「それに…そうでなくても何となく分かりますよ。……私だって同じ気持ちだったんですから…」 「先生、それって…どういう……?」 「その辺りはご自分の胸に問いかけた方が早いんじゃないでしょうか?さて…私が拗ねてる間に随分コマを進めたみたいですね…」 立て続けの望の発言の衝撃に半ばフリーズ状態の可符香をよそに、望は人生ゲームのボードの上のコマを取り上げ…… 「一人遊びとはいえ、せっかくここまで進めたのをまた振り出しに戻すのもアレですね……。 そもそも、一人で勝手に拗ねてた私が悪い訳ですし、ここは一つ趣向を変えてみましょうか?」 望は片手に持っていた青いピンを、可符香のコマに刺さったピンク色のピンの隣に刺して、再びボードの上、結婚イベントのマスに配置した。 それは、言葉にせずとも伝わる明確すぎるぐらいのメッセージ。 「私にとって人生ゲームは虚しい物ですけど、こうすればちょっとは気分も変わります。 盤上で行われた事は結婚も何もかも嘘っぱちですが、二人一緒に歩いて、ゴールを目指した事は少なくともまぎれもない事実になるのですから…」 その意味を理解して、ただでさえ赤くなっていた顔を、さらに赤面させた可符香に望が微笑んで言う。 「隣にいても構いませんか、風浦さん?」 「…はい、先生……」 小さな声で応えた彼女が、ボードの上に置かれた望の手の上に、自分の手の平を重ねる。 そこから伝わる温もりは何よりも愛しいものだ。 「では、続き、始めましょうか」 そうして、再び回り始めたルーレットの音は、望にとっても、可符香にとっても、さっきまでとはまるで違う意味を持っているようだ。 ずっとこのまま、あなたの側で……。 ピンクと青、車型のコマはボードに描かれたマスの上を、ピンクと青、仲良く並んだ二つのピンを乗せて進んでゆくのだった。 以上でお終いです。 一応、同じ本編のエピソードに関する話で、同時刻に起こった出来事のつもりなのですが、 両者の関連が薄く、話のまとまりに欠けるのが難点でしょうか? ただ、復活以来初めての命倫も、拗ねちゃう先生も、その後ゲームでどきどきな望カフも楽しんで描く事が出来ました。 個人的には人生ゲームのコマのアイデアが自分で書いててこっ恥ずかしかったのですが、皆さん如何だったでしょぷか?
by adsj
| 2011-12-10 12:23
| カップリング複数
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